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help リーダーに追加 RSS 古代日本の英雄「日本武尊」と日本平

<<   作成日時 : 2008/08/06 11:47   >>

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8月に入り、暑い日が続きます。皆様いかがお過ごしでしょうか?

今日は「日本平」という地名の由来である日本古代の英雄「日本武尊(やまとたけるのみこと)」についてご紹介したいと思います。

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※現在の日本武尊像。彼が手にしている剣こそ「三種の神器」の一つである草薙剣(天叢雲剣)

日本武尊は、大和朝廷時代の第12代天皇である景行天皇の第2子として生れました。当時は「小碓命(おうすのみこと)」という名前で呼ばれていました。ある時兄である「大碓命(おおうすのみこと)」と争い倒してしまった小碓命は、父景行天皇の命を受け、当時一大勢力を誇っていた「熊襲建(くまそたける)」兄弟の征伐に、九州(現在の熊本県)に遠征しました。熊襲建兄弟の館に侵入し、見事熊襲建兄弟を倒した小碓命は、その時に熊襲建より「日本武尊」の名前を頂いたと言われます。
その後、出雲地方(現在の島根県)を支配していた「出雲建(いずもたける)」も倒して、大和(現在の奈良県)に凱旋しました。しかし、休む間もなく今度は東征の命を受け遠征することになりました。途中伊勢神宮に立ち寄り、ここに住まう叔母のヤマトヒメより一振りの剣…「三種の神器」の一つである天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を託しました。
駿河(現在の静岡県中部)に差し掛かった時、当時支配していた豪族に火計を受け退路を断たれてしましました。そこで、日本武尊は天叢雲剣を抜き、周辺の草を薙ぎ払い火の勢いを変え、逆に敵豪族を倒しました。この時の伝承より、静岡市内に「草薙(くさなぎ)」という地名が生れたとされ、また日本武尊が敵を焼き討ちにした地を「焼津(やいづ)」と呼ぶようになったといわれます。また、天叢雲剣は、草を薙いで敵を倒したことにより「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」と呼ばれるようになりました。更に、有度山頂上部も何時の頃からか「日本平(にほんだいら)」と呼ばれるようになりました。
その後、日本武尊は房州半島に渡り数々の武勲を上げました。再び大和への岐路に着いた際、立ち寄った伊吹(現在の伊吹山)で地の神の怒りを買ってしまい、病に冒され死に至ってしまいました。死後、日本武尊は白鳥となって飛び去ったとされます…。

現在も日本平(日本平ホテル敷地内「日本平美術館」駐車場)に日本武尊像が建っております。古代の英雄は、かつてこの日本平からの景色を望んだことでしょう。その英雄は、今の景色を見て何を思うのでしょうか。

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皆様も是非一度、古代日本の英雄の像と景色をご覧下さい。
(ま)

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